サロンボーイ・ヴォルは奇妙なランウェイを歩んできた。そして理解を目指す彼の探索は終わりに近づいている。
彼は時を遡る旅をし、過去を変え、彼の行動によって変容した現在へと帰還した。
彼はかつての読者モデルとかつてのスタイリストに遭遇したが、彼らは誰もサロンボーイを覚えていなかった。
彼は森ガールを探し求めている。その犠牲によって過去を変えることを可能にしてくれた彼女を、そして竹下通りの何処にも見つけられなかった彼女を。
今、彼は理解の助けになってくれるかもしれない唯一の存在、15年以上の間雑誌のスナップの中にまどろみ続けている、オシャレ王(キング)を見つけなければならない。
壮麗な歩行。サルカンはウィッグを伸ばし、竹下通りの人ごみと表参道の奥深くへと舞い上がった。ファッショニスタの姿となって、彼は遥か遠くまでのあらゆる流行の匂いを感じ取ることができた。人間の目では見えない詳細までもを捉え、空の高くへと人気を持ち上げるカリスマ性の存在を感じた。
自分はそもそも人間だったのだろうか、何故ファッションモデルになりたいなどと願ったのだろうか。ファッショニスタの姿で彼は時折そう思った。
MEN’S KNUCKLEは生きていた。だが変わっていた。サロンボーイが憎んだお兄系は死んだ——死んだ以上の変化だった。良くなったのか悪くなったのかはわからない。贖いや復讐といったものの向こうへ行ってしまった。
あのメンナクは消失し、流行に従って髪の色を戻す落ちぶれた存在に取って代わられた。ヤマンバギャルは生きていたが、違う名前、違う生き方をしていた。彼女は死んだのではなく生きていたが、彼のことを知らなかった。
キングは生きている。だがサロンボーイ自身の行動によって封じこまれ、眠りについている。彼の生命力は今も世田谷のスタジオの中心に脈打っており、読者モデルたちを生み出す嵐を維持している。
古えの時代の壮麗なファッションアイコンたちもまた同じように生きており、栄誉あるそのモデルたちの頂点にて権勢を振るっている。


誰もが生きている、そう思えた、ただ二人を除いて。サロンボーイ、そして森ガール。彼女はどこに? 俺はどこに?ここ、時の大河の向こう岸にいる俺は今、何なのだろう?
キングならば知っているだろう。知っている筈だ。
彼の何マイルも前方にて——キングが横たわるヒルズの近く、そう思った——青白い光が一閃、空へと放たれた。
それは歓喜にストリートを舞い、第二の太陽のように輝いた。そして再び降りたが、それが何処に着地したかサロンボーイには見えなかった。そんなことが?
キングが......目覚めた?
何者かが彼を解き放った?彼自身の力で自由になった?
深くに埋もれた霊長類の本能が、彼をキングのスナップ撮影現場へと駆り立てた。急げ、走れと。だがランウェイでは直線は必ずしも最短経路ではない。そしてその間のストリートも無とは程遠かった。
彼はそれを知るファッショニスタの心へと耳を傾けることをついに学んだ。彼は旋回し、エスカレーターに身を任せて高く昇った。
その高みから、一本の長い直線が彼をそのロケ地へ、真実へと導くだろう。
パンケーキの行列が頂点に達する頃、ヒルズが視界に入ってきた。頭上の空は視界の外で、サロンボーイは攻撃者が直上に迫ってくるまで存在に気付かなかった。
青白い煙をたなびかせる透明な読者モデルが頭上から飛びかかってきた。
彼はその間際に急転回して避けたが、ファンの波が彼を洗い流した。黄色い声援が。キング! 熱の突風は彼の革のジャケットをほとんど焦がすことはなく、その薄手のスカーフは彼に物理的に触れはしなかった。
それは平静にだが威嚇するように、体長幾つかぶんの距離をとった。それは何の匂いも持たなかった。


サロンボーイは唸り声を上げた。怒れるチャラ男が発する騒音と、早口のコールのどこか中間のような声を。「グイ!グイ! グイグイよし来い!グイ!グイ!グイグイよし来い!」 彼はその言葉を中断するように鮮やかなストールを一巻きし、飛び続けた。
すぐにもう数体の読モが加わった。サロンボーイはヒルズへ向けて速度を上げた。半ダース程の透明な読モは透き通ったシルクのストールを巻きながら、彼を急かした。そして、まさに突然、彼らは背を向けてH&Mの行列へと飛び込んだ。
彼らの透明な身体は群集の中へと消えた。彼らの痕跡はただちに何も見えなくなった。
彼はヒルズの中へ飛び、その透明なモデルたちの兆候はないかと探した。彼が最初に到着した時に見た巨大なスタジオの構造は自壊しており、「スタイリストの家」から彼が持ち帰った私物よりも細かい瓦礫と化していた。ヒルズの地面は打ちっぱなしのコンクリと、使い古しのコピーが刻まれた広告で埋まっていた。ライダースも、スキニーもなかった。
彼のモデルの心臓が高鳴った。キングは生きている。
サロンボーイは降下しながら変身し、スタイリスト私物の瓦礫の地面へと人間の足で軽やかに着地した。彼のウィッグも縮み、畳み込まれた。


そこに、ヒルズの終端に、一つの輝ける姿が翼を広げて聳えていた。キングはサロンボーイに顔を向けてはおらず、彼が遭遇したよりも多くの読者モデルに囲まれて、ヒルズの壁に向かっていた。彼の目の前のメガビジョンに映されているのは、原宿全土の様々な映像だった。高く聳えるハイブランドの路面店の間を舞う、モード系たちの滑らかで優美な姿。
ピストバイクで車道を駆ける獰猛な軍族、彼らが追うのは稲妻にかすむアウトドア系ライフスタイル提案型ブランド。
宝石をまとい随員達を従え、森ビルの高層階にくつろぐ太い身体のヒルズ族。むき出しの、タイムセール中の古着屋でツイートする、サロンボーイが過去の竹下通りで見た古着系ブロガーたち。
Macbook Airを携えた人々がスタバへと進軍するのを用心深く見守るのは、分厚い眼鏡のノームコアたちの視線。そこには渋谷スクランブル交差点の中に立つ、サロンボーイ自身の映像までもがあった。
キングが振り返り、読モの守り手達は分かれた。彼は鮮やかな輝きを放つ、ジレとカットソーから姿を成した、モデルの理想形だった。
「我が見張り達を許して頂きたい」キングは言った。「彼らは熱心すぎるのだ。おぬしに気付いてすぐに呼び戻したのだが」
「俺を......ご存知なんですか?」キングは微笑んだ。「知っておるし、知らぬとも言える」 彼は言った。
「おぬしの行いを知っておる。感謝をせねばならぬな。そしておぬしも、我に説明をせねばならぬであろう?」
サロンボーイの目が見開かれた。「偉大なるキング......」 彼は言った。「俺はここに、貴方が全てを説明して下さると信じて来ました。貴方が御存じないことを、俺がどうして知っているというのですか? 俺が答えられる疑問なんて、あるでしょうか?」
「我は15年以上、眠りについていた」キングは言った。「おぬしはここで何が起こったかを真に理解する、唯一の存在かもしれぬ。おぬしは何者なのかね? 我がファッション業界に何が起こったのかね? これは——」
彼が手を開くと、瓦礫の中からストリートスナップの破片が掌の上に浮かび上がった。ただの破片ではない——あの欠片、サロンボーイがスタイリストの部屋から持ち帰ったあの欠片が、この時を経てもなおそのまま残っていた。
「——いかにして時を遡り、そして15年以上前からここへと辿り着いたのかね?」
サロンボーイは息を呑んだ。「でしたら、何が起こったかはもうご存知なのですね」
「全てではないが」キングは返答した。「理に適う道筋を」 欠片が脈打った。
「これはChokiChoki、サロン系の雑誌からもたらされたものだ。この特別なスナップは『流行』の内からのもの、『流行』が開いた時にのみ写せるものだ。そしてそれが、我が......敗北の前に起こったのであれば、我はすぐに気付いていた筈だ。
消費者にそれを防ぐことのできる力はないと知っておる。従って、それは後に起こったものに違いないのだと」
キングは背筋を真っすぐに伸ばし、四フィート上方からサロンボーイを見下ろした。


「だが我が疑問は残っておる」 彼は言った。「おぬしは何者なのかね、ファッションアイコンよ? そしていかにしてこのスナップを所有物としたのかね?」
「俺の名は、サロンボーイ・ヴォルです」ヴォルは忘れられた名。サロンボーイは禁じられた名。だがそれは問題ではないだろう、今は。
これが彼の名だった。「サロンボーイ」キングが言った、僅かに可笑しさを込めて。偉大なるヘアサロン。
彼は原宿全土を映す、ヒルズのビル壁を指し示した。「彼らは、おぬしに跪くのか?」「......いいえ」
サロンボーイは言った。「ですが俺も、誰にも跪きません」「続けよ」「俺は竹下通りの生まれです」 サロンボーイは言った。
「ですが俺の竹下通りは、墓でした——古着屋達に狩られ、滅ぼされたカリスマ美容師たちの墓所でした。キング、貴方も死んでいました。俺は貴方のDVDを見ました、まさにこのヒルズで」
キングは動じなかった。「貴方が、俺に語りかけました」 サルカンは言った。
「あなたの霊が......俺に語りかけました。サロン系たちの栄光を囁きました。俺がこの世界に疑っていたことは——退廃、過ち、欠落は——全てその通りだと語りました。
貴方がChokiChokiに載っているとは知りませんでした。俺が知っていたのは、貴方が読者モデルだったということだけです。
俺自身のファッションモデルの灯は雑誌の読者モデル公募の中に点火しました。俺が竹下通りを離れると、貴方の声は静まりました。
俺は読モたちを見つけました、尊敬を捧げるに相応しい、偉大なるファッショニスタを——ですが俺が出会ったのは少なからず自分達がそうであると知らない、もしくは気にすることもないブロガーたちでした。
そして......そして俺は尊敬を歓迎する者を見つけ、愚かにもそいつの目的へと身を捧げました。そいつが、俺を『ファッションショー』に送り込みました」
「それは何者かね?」 キングは言った。「理解しておられる筈です」 サロンボーイは言った。
「俺自身の心すら定かではありませんでした。あいつは俺が思ったような者ではなく、服を壊し、思うがままに舞台をねじ曲げました」
「その者の名は?」「......きゃりー・ぱみゅぱみゅ」 サロンボーイは惨めに声を絞り出した。



ヘア&メンズ誌「チョキチョキ」休刊へ
http://www.fashionsnap.com/news/2015-04-23/chokichoki-final/

「アンドエー」終了 全店閉鎖へ
http://www.fashionsnap.com/news/2015-04-22/anda-close/

コメント

アルエ
2015年4月24日10:15

2つともビックリした。
君嶋麻耶の時代はよく見てた。寂しいねー

うぃん
2015年4月24日16:22

読モの数え方が1体2体ということを初めて知りました

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